みちばた日誌

いまをぼちぼち生きる。

休職生活②

7時:起床

めっちゃ寝た。頭スッキリ。

 

8時:朝食

納豆、野菜ジュース

 

9時:雀魂

 

11時半:昼食

うどん

 

13時:Youtube

16時:図書館

17時半:銭湯

19時半:晩飯

とんかつ、美味しかったけど胃があまり受け付けず

 

20時:就寝

昨日と打って変わってのどんより感、無理するべからず。

休職生活①

いろいろあって今日からしばらく仕事を休むことになりました。

死ぬほど時間を持て余しそうなので、日記をつけて気を紛らせることにします。

退屈は精神を蝕むゆえ…。

 

3時:起床

すげぇ風が窓を叩きつけてて目が覚める。

予報通り、順当に台風が接近していること感じつつ、布団の中で微睡む。

 

5時:シャワー

風呂入らずに寝てしまったので汗を流す。

前日に風呂入っててもオッサン汁が吹き出しはするので、どっちにしても浴びる。

親父が職場に持っていくお弁当を自分で作っていた。偉すぎる。

 

6時:朝のドライブ

カッコつけて書いてみたけど、職場に忘れ物したので取り行っただけの話。

最初の曲がり角の飛び出し坊やが風で倒れていた。

けっこうな信号が点滅信号で一瞬で行って帰ってこれた。

 

7時半:朝食

昨日の夕食を外で済ませたこともあって、晩ごはんの残りがしっかりあった。

見切り品のサラダ巻きとトマトの入った味噌汁。

トマト嫌いの私が火を入れれば割と食べれることに気づいた母は、最近やたらと汁物にトマトをぶち込んでくる。

割と食べれるのであって好きというわけではないのだが、無論そんなことは口が裂けても言ってはならない。

 

9時:スマホいじりつつウトウト

本来なら出社して仕事が始まっているな、みたいなことが頭にぼんやり浮かんでいる時間。

かなり唐突に休むことが決まったので、現場には大変な迷惑をかけてしまった。

…そんな感じで悶々としながら、しかし慢性的な睡眠不足に陥っている頭が強制的に思考を止めにくる。

1時間ほど意識がぼんやりしていた。

 

10時:水道屋さんの検針

定期の水道メーターの確認で担当の人が来たが、どうも様子がおかしい。

いつもより水道代が高いらしく、今も異常にメーターが回っているとのこと。

エコキュートから妙な音がしていることがわかり、母がハウスメーカーの担当者へ連絡を入れる。

 

11時:ハウスメーカーの人、来る

結論、エコキュート故障…!

漏水を止めるため温水器の栓が閉じられたため、しばらく家中の蛇口からお湯は出なくなってしまった。

もちろんお風呂も水しか出ない。

…マジか、オッサン汁溜め込みおじさんが爆誕してしまう。

修理時期もいまのところ目処が立たないらしいので、しばらくは銭湯に行くことになりそう。

 

12時:昼食

朝の残りのサラダ巻きと昨日の昼食べられなかったおにぎり、あとトマトの味噌汁。

風は強いが晴れ間が出ていて台風一過といった感じ。

夕方、近所の銭湯に行こうということを母と話す。

 

13時:読書

買ってたけど読めてない積読の消化チャンスなのでちょっとずつ読む。

・『生き物の死なせ方:共生・共存からはみ出した生物たちの社会学』 

・『まどいのいきものー銀河生物観察記ー①』

・『迷子の魂』

上2冊はYouTubeチャンネル『積読チャンネル』で紹介されて気になって買ったもの。

『迷子の魂』は絵本。行き詰まったな、と思ったとき必ず読む自分にとって宝物みたいな作品。

だらだら読んで気づいたら居眠りして、そんな時間を過ごす。

 

16時:日記をつけ始める

こんだけ眠れば多少は意識もハッキリするもんで、そしたら記録をつけておこうかと思い至る。

前のアマゾンセールでロジクールのちょっといいキーボードを買っていたが、

ほぼ使っていなかったこともあって打鍵感を新鮮に楽しんでいる。

この文章は中身重視ではなく、打鍵感重視でお送りしています。

 

17時半:銭湯

晩飯前にお風呂済ませてしまおうということで銭湯へ。

風呂入りに家族と出かけるなんて何年ぶりだろう。

今日の変わり湯は紫根の湯、ムラサキキャベツの実験で使った液みたいな色だった。

明日は定休日なので注意(個人的メモ)

 

19時:夕飯

鶏のクリーム煮、鰯の煮付け、ポテサラ、冷奴。

うまし。

 

20時:就寝

お腹がいっぱいになって自然と眠気がやってきたので、このまま寝てしまおう。

今日はたぶんよく眠れる気がする。

なんでもない週末のバーキン。

先ほどバイパスで渋滞にはまったとき、自分の真後ろを走っていた車が後続車両に追突されました。トンネル内で甲高いブレーキ音が響いた直後に、「ボンッ」と鈍い衝突音。その瞬間、「…あっ、俺もヤバいかもしれん」という意識がじわっと頭に広がりました。

 

結果としては玉突きで自分の車まで突っ込んでくることはなく、ルームミラーで確認する限りは後ろの車も多少の衝撃こそあったものの大きなケガはなさそうでした。ハザードを焚いて停車したままの後ろの車を気にしながら、とりあえずその場をあとにしました。

 

そのあと病院で診察を受け、すぐ近くの格安販売でおなじみのお菓子屋さんでお気に入りののど飴を買い、晩ごはんにバーガーキングを食べて今に至ります。バーベキューワッパーセットを食べながら、じんわり「生」を実感しています。

 

もし、あのブレーキ音がもう少し遅れて聞こえていたら。突っ込んできた車がデカいトラックだったら。

 

オールヘビーにしたおかげでボタボタこぼれ落ちるソースを年甲斐もなく口のまわりにつけながら、「もしかするとこのバーキンはなかったかも知らんね?」と自分に言い聞かせております。

 

普段は烏龍茶にするところを、今日はジンジャーエールにしました。思っていたより炭酸がきつい。これもまた生の気持ち。

別れを繰り返す人になる

先日、大学時代の友人と旅行に行きました。それぞれ仕事やら結婚やらで忙しくなり、なかなか会う機会が減ってきてということもあって年単位ぶりの一泊旅でした。

 

結論からいえば、この旅行は自分にとって最悪の旅行になりました。帰宅して自分が撮った旅行の写真をグループラインにあげて、そのあとそのままグループから退会してしまいました。

 

理由といえるものは細かくいろいろあったのですが、それらをひとつひとつ書いても不毛だと思うので…。端的に言えば、「このメンバーの中での自分の役割が終わったと感じた」そんな感じでしょうか。

 

冒頭で触れた通り、みんなそれぞれ自分の生活が固まってきて、集まって話す内容も学生の頃に比べれば豊かなものになりました。それ自体はとてもいいこと。仕事の悩みも、家庭でのあれこれも、いまハマっているコンテンツも…。明るさ暗さのコントラストも含めて幅のある話が飛び交うようになったと思います。

 

問題は…少なくとも自分が自分自身に対して問題だと感じることは、その広がった話題にうまく乗れなくなってきたこと。そして自分が握っている話題のカードをいくら切っても、ほかのメンバーに響いていないと"感じてしまった"こと。

 

今まではそれぞれの人生が枝分かれしていくことをあまり深く考えてはきませんでした。ぶっちゃけそれは至極当然のことだし、それで会う機会が減ろうとたまに会ってなんでもないことを話せりゃそれでいいだろう、と。そんなふうに思っていました。

 

でも必ずしもそういう収まり方をしないことがあるということを知りました。

 

つまらない話が本当につまらないまま終わってしまう。

人生相談だと思ってきいていた話に返した言葉が「出過ぎたことを言うな」と突っぱねられる。

家族をもつ者と独り身とのどうにも埋まらない感覚の差とか。

 

そんなことを考えてしまった自分が。

今まで自由に笑えていたこのグループで、なにか越えられない壁があることを感じてしまった自分が。

 

どうにも許せなかったのです。

 

メンバーへの不満もある。

あるが。

それ以上に自分自身への失望がこのグループに居続けること、それを心が拒絶してしまった。

そう思ってしまったから、ぼちぼち10年が見えてきたグループを抜けることになんの躊躇もありませんでした。

 

自分は早まったのかもしれないし、人間関係なんてのは存外そんなものなのかもしれない。そのどちらも間違いではないと思う。

 

ただ少なくともいま感じているこの感情は、人生で初めてのものだと思います。さみしくもあるし、ぽっかりと抜け落ちたようでもあるし、その実ホッともしている。そしてそれらをトータルで見たとき、自分のことが少し嫌いになったという仄暗さが残った。救えないなぁ。

 

この先も、自分は大切に思う人との関係をどんどん失っていくんだろうな。そのときにはまた少し自分を嫌いになるんだろうか。まだ自分だけを見つめているんだろうか。

 

それでもたぶん、人生は続く。

その事実が今はなによりも。

 

連続

日々のこと。

今日は家に親がいないこともあって、晩御飯を済ませにモスバーガーへ。気軽にモスで晩御飯などと言えるようになったことに真っ当に大人になれた証のようなものを感じずにはいられません。しかしその実、それは実家で暮らしているというぶっといライフラインによって支えられているのであって、けして自分自身の経済力の証明にはならないことを肝に銘じなければいけません。…なにゆえ、たまのモスでそんな世知辛いことを考えねばならぬのか。

 

最近の自分の生活はずいぶんと安定していると思う。少なくとも定期的に気分がどん底に沈むような数年前の状況からは劇的な変化を遂げたことは間違いない。仕事の忙しさが自分を鈍感にしてくれていて、日々のストレスにそこまで深傷を負うことはなくなった気がします。これはいい意味でも、もちろん悪い意味でも。

 

昔好きだったクリエイターさんがエッセイで書いていたことをこの頃よく思い出す。

『結婚してよかった。もし独り身を長く続けていたら、自分はもっと哲学的に深く考えて過ごしていただろう。そういうものを置いといて、日々のことに振り回されて生きられているのは家族のおかげだと思う。』

そんな感じの文章だったと記憶している。書きながら果たして本当にそんな文章だったか自信がなくなっているけど。

 

それに紐づいて大学時代の恩師から言われたことも思い出す。

『自分のなかをあんまり深くのぞいても、答えは見つからないよ。』

こっちは正確な表現で覚えている。なぜならこの言葉に当時の自分は相当な怒りを感じたから。

 

数年前、病気で仕事を辞めて自暴自棄に日々を過ごしていた自分には、他人の言葉に温かみを見いだせるほどの心の余裕は残念ながらありませんでした。にわか哲学でとりあえずなにか考えているフリをしていた当時の自分を諌めてくれていたんだなぁと、今になって考えれば当時の恩師の言葉も腑に落ちるのですが、当時の自分はずいぶんと反発したものでした。

 

結局、人間は目の前に一生懸命になれるなにかがないとよからぬことを考える生き物なのだ。

それが先人方の言葉と一連の経験から学んだことでした。現に今の自分はひいこら仕事をして、あんまり深く考え事をすることが少なくなったと思います。そして確実にそれで自分の気持ちは楽になっている。これは間違いないこと。

 

でもなんでしょう。そんな日々を続けていて、時々どうしようもなく苦しくなるときがある。のどの奥がぎゅーっと圧縮されるような、そんな不快感がつきまとって離れない、今みたいな瞬間が不意にやってくる。

 

今の生活が安定しているからだろうか。それとも本当は現状に満足がいっていないと思っているのだろうか。まさか日常で押しつぶした”自分のなか”のなにかが訴えているとか。

 

わからない。

どんな理由をつけようとしても、考えようとした途端に「日常」が砂嵐のようなノイズをがなり立てて、答えを曖昧にする。そして曖昧にしたまま、気絶するように眠りにつくのです。

 

不安です。とても。でも、たぶん明日もとりあえず生きていく。いいとかわるいとかではなく、それがたぶん”日常”だから。

延滞、鍵のかけ忘れ、ティラミスはあるときに頼もうって話。

本日、休日につき。

…なのですが、イマイチ心休まらず。週が明けないとどうしようもないことに貴重な休日の平穏を奪われて「はぁ〜…」という感じ。考えても仕方がないのだと自分に言い聞かせてはみるものの、気づけば土曜の正午が過ぎてしまいました。

 

温泉に行ってゆったりしようか、いや朝シャン浴びてから何もしていないこの身を清める意義はなし。

じゃあ飯でも外で取ってみるか、といってもあまり食べたいものも浮かばない。

余計なこと考えないで体動かしに行くのは…いや、朝からケツが痛んでダメだ。

 

切り替えてどこかにでかけようかと一応頭をはたらかせてはみたものの、なかなかしっくりとした計画はたてられず。そんなことを考えていたらスマホに着信。

 

「図書館ですが、返却期限の過ぎた本をお持ちではないですか?」

 

あー!

しまった、一月前に借りた本を抱えたままだと気づき、電話口で平謝りの末に図書館へ本を返しに行きました。

 

自分のこういうルーズさは本当に治らないな、とまた少しブルーになる。窓口で「本当に申し訳ありません…」と頭を下げているときも、そういう見え透いた自分の態度にもやもやして、小言の一つもなくにこやかに対応してくれた司書さんの顔にホッとしている自分の軽薄さにさらにうんざり。

 

もうこういう日は何をしても、何を考えてもダメ。諦めの日。むしろ自分のダメさを引き受けながら過ごさないといけない日だとわりきって、惰性でいくことを決めました。

 

とりあえず意図しない形とはいえ外出できたので、まっすぐ帰らず寄り道していこうと思い、我が心の故郷であるコメダ珈琲へ。メニュー表も開けないで、アイスカフェオレとティラミスを注文。コーヒーの甘みは別盛りで。

 

最近新調したリュックに乱雑にぶち込んだタブレットを取り出して、ダウンロード済みの『アポカリプスホテル』を再生できる準備を整えます。背中側が周りから死角になる席を確保できたので心置きなく動画に集中できる安心感。この店での自分の行動は入店から退店まで無意識のままで動けるよう最適化されていて、脳みそと感情が死んでいてもまったく問題がないということに気づいてちょっとおもしろかったです。

 

そんな折、スマホに一件の通知が。

「車がロックされていません」の文字。

 

最近の車は本当に賢い。どう考えても鍵をかけ忘れまくるオーナーの自分よりも賢い。アプリ上からドアをロックする指示を送り、数秒後に無事ロックが完了した旨の通知が返ってきました。どこまでもできたヤツなのです。きっとこの車の隠されし力のいくつかは、おバカなオーナーに気づかれることなく秘匿されたまま最期を迎えることになると思います。その確信がある。

 

そうこうしてるうちに注文が手元に届きました。アイスカフェオレとティラミス。しかし別盛りで頼んだはずのシロップはなし。店員さんに確認すると「甘みは中に入ってますよ!」とにこやかに返しくれました。そうか…まぁいいか、どうせあとで混ぜる予定だったわけだし。うん。図書の返却に2週間遅れた己と比べれば、本当にたいしたことのない些細なミス。…余計なことを考える前に、冷たいコーヒーを一口含みました。冷たくて甘くてうまい。

 

そんなことよりもティラミスの注文が無事通ったことに、内心めちゃくちゃ喜んでいた私。実はここ最近、仕事帰りに立ち寄ったときに何度か注文しようとチャレンジしたのですが、ずーっと在庫切れだったこともあって今日も正直諦め半分だったのです。

 

コメダのティラミスはよい。まずなによりサイズがかなり大きい。お茶を飲みながらある程度ゆっくり滞在するのに適した量をしていて最高です。そして味もよい。最上部のココアパウダー的な?粉がいっぱいついていてよいし、クリームもふんわりボリューミーでよい。全体的にコーヒーの味もしっかり感じられて、コーヒー屋さんのティラミスという感じがするのもよい。値段もよい。ドリンクとセットで頼めば100円引きで440円。手頃でよい。よい。

 

今までシロノワールなどの看板メニューばかり目で追っていましたが、ティラミスのよさに気づけたことはここ数ヶ月でもかなり重要度の高い発見でした。今の私の夢は『モーニングでティラミスを頼んで休日の朝から甘味におぼれること』。すぐ叶いそうな手の届く夢で人生を満たしていきたい。

(でも実際は朝食は米を食べたいので、タイミングがけっこう難しかったりする)

 

梅雨の気配が少しずつ出てきたなか、空調が効いた室内、普通サイズでもなかなか減らないコーヒーと頬張れど頬張れどまだあるティラミス。甘さに飽きてきたら豆菓子をポリポリつまみながら、4話まで進んで割とがっつりアクションシーンもあるな…?とか思ったりしながら『アポカリプスホテル』を観る。

 

…うん。こういうことじゃないか、休日って。なんかまぁ、結果これでよかったんじゃなかろうかと。

そう思えたのでやっぱりコメダは最高です。みんなもコメダに行こう。でもティラミスは私も食べたいのでほどほどにしてもらえれば。それでは。

まぶたを閉じればその向こう

ここ数週間、仕事が忙しい。通常業務に加えて少々やっかいなトラブルを抱えてしまい、文字通り「心を亡くす」ような日々が続いております。早くかたがつけばいいのですが、どうやらしばらくは悶々としないといけないような気配です。

 

精神的に余力がないとき、自分の習性として音楽を無性に聴きたくなります。YouTubeミュージックからその瞬間に聴きたい曲からスタートして、あとはアプリ側が勝手におすすめを垂れ流してくれる。最近はそういう聴き方をよくします。

 

はじめに流す曲はクリーピーナッツ、pillowsにキリンジ、最近は日食なつこが多めかも。でも圧倒的に一番よく聴くのはハンバートハンバート、なかでも『おじさんと酒』は気づいたら聴いている気がします。

 

この曲を聴いてると不思議とほっとするのです。旅立ちの、あるいは別れの曲で、前ではなく後ろを見ながら過ぎ去った日々のことを回想しているおじさんの歌。先の未来に明るさは感じないけど、ふと思い出す過去の温かさが今日の一歩の後押しをしてくれるような、そういう穏やかさがあって好きなのです。

 

仕事は極力定時に切り上げて、最近やってきた新しい愛車で10分少々の家路の合間に、2,3曲口ずさみながら帰宅する時間が本当に幸せで、高い買い物でしたが車を買い替えてよかったなぁと思っています。ハンドル握って意味もなく座席の角度を変えたりして。自分もしっかり男の子だったんだと感じています。

 

多少元気があるときはコーヒーを飲みに寄り道して、店のWiFiつないで気になってたアニメ何か観ちゃったりして。『アポカリプスホテル』はまだ一話しか観れていないけど、絶対好きなアニメだと確信できてこれもまた生きる理由の一つになった。まだ一話なのに、もう観終わるのが嫌になってる自分がいる。観ながら終わるストレスを感じ続けるので、気軽に映像作品を観れないことをひさしぶりに思い出しました。

 

ああ、そうだ。こういう気持ちが大事だから日記をつけていたんだ。ひさしぶりに文章を打ち込んでいたらずいぶん元気が出てきました。せっかくだしスパ銭にでも寄って帰ろう。そういう平日があってもいい。回数券も期限内に使い切らないとだしなぁ。

そんなわけで汗流してきます。ではでは。